こんにちは。とらすけです🐯
もうすぐ卒業シーズン。周りの「お祝いムード」を感じる中、不登校のお子さんを持つ親御さんは複雑な心境になっているのではないでしょうか。
前回の記事では、小学校卒業時に直面する「ランドセルの手放し方」について書きましたが、今回の記事では、この時期に避けて通れない「卒業式、出る?出ない?」問題について綴ります。
「最後くらいは……」という親心と、「無理はさせたくない」という思いの狭間で揺れるのは、みなさんがそれだけお子さんを想っている証拠です。
2年前のこの時期、わが家の息子は、卒業式には【参加しない】という選択をしました。
卒業式当日は複雑な気持ちもありましたが、2年経った今、親子ともに後悔は全くありません。それは世間の「正解」ではなく、息子の心にとっての「最善」を選べたからだと思っています。
今回の記事では、
- 「出席してほしい」という親の気持ちの正体
- わが家が選んだ、心に無理のない「ささやかな卒業」の形
- 当日、親が感じるモヤモヤをどう消化するか
について、我が家のリアルな経験談を書いていきたいと思います。
今、不登校のお子さんの卒業式を前にモヤモヤしている親御さんの心が、少しでも軽くなれば嬉しいです。
息子は、担任からの行き過ぎた叱責が原因で、小4から学校へ行けなくなりました。
中1では希望のフリースクールに通学。
中2になった現在は、フリースクールではなく、自学で勉強をすることを選択。自分なりの人生を開拓中です。
私は不登校の前も後もずっと、子どもへのイライラに悩んできました。しかし【物を7割手放した】ことがきっかけで、イライラが手放せるようになり、毎日の暮らし、そして人生そのものがとても楽に、生きやすくなりました。不登校や育児のイライラ・モヤモヤで悩む親御さんの心を、少しでも軽くできたらと思い、ブログを書いています。
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「卒業式は出ない」と言った息子

2年前、小6だった息子。
周りの友達親子が、卒業式に向けて、衣装をどうする、謝恩会はどうする…と、ウキウキお祝いムードの中、我が家は卒業式とは程遠い状況でした。
息子が学校へ行けなくなったのは、小4の時。
当時の担任からの行き過ぎた叱責が原因であったため、息子はその後もずっと「学校自体」「学校の教員」に対する不信感が強く、小6になっても、心の回復が進んでも、学校への嫌悪感はなくなりませんでした。
そんな息子は、当然ながら「卒業式には出ない」と言いました。
私も心の中で「やっぱりな」という気持ちでした。
卒業式に出ることのメリット・デメリット

息子ははっきりと意思表示してくれましたが、親として「本当にそれで良いのか?」と考えました。
ここで、当時私が考えた、息子が卒業式に出るメリット・デメリットをあげたいと思います。
(あくまでも、我が家の場合です。)
卒業式に出るメリット
正直、息子が卒業式に出ることによるメリットは、パッとは浮かびませんでしたが、思いついたのはこのようなものでした。
- 「みんなと同じ」思い出を作れる
- 「世間一般」的に出たほうが良いとされるものに出ておくことで、不登校なりにも「みんなと同じように、ちゃんと卒業した感」が出る
- 友達と記念撮影ができる
- この日だけでも、出られることで、一瞬不登校であったことを忘れられる(気がする)
- 周りから「卒業式、出られてよかったねー!」と言われる(たぶん)
- 仲間外れ感を感じない
- 先生が喜んでくれる
(あくまでも、我が家の場合のメリットです。子ども自身に、出席したい気持ちがある場合は、メリットも変わってきますので、それぞれのご家庭で考えてみてくださいね。)
ここでポイントとなるのは、息子自身は「卒業式には出たくない」という意思表明をしている上でのメリットだと言うことです。
つまり、これらのことをメリットと感じているのは、【母親である私自身】だったんですよね。
全て主語が【息子自身ではない】んです。
思い出が作れたことでメリットを感じるのは私。
世間一般と同じで安心するのも私。
仲間外れ感を感じないのも私。
先生に喜ばれて嬉しいのも私。
卒業式に出るデメリット
一方で、卒業式に出ることによるデメリットを考えてみました。
- 学校へ入ることによる恐怖心、トラウマによる精神的ダメージ
- 「ずっと学校へ行けていなかった自分」を感じさせる空間・話の内容
- 「学校での思い出ありき」の、先生達からの話を聞かないといけない
- 学校へ行けていなかった間の思い出話など、友達との会話に入りづらい
- 突然学校へ行ったことで、皆から注目される
- 学校中の教員たちに会う不安感
- おそらく当日出るであろう、頭痛などメンタルからくる体調不良
先程の、メリットとは逆に、これらのデメリットの主語は全て「本人(子ども自身)」だったのです。
その選択は誰のためのものか…
ここまでを読んでおわかりのように…
親として後悔しないようにと、一応考えてはみたのですが、どう考えても息子にとっては卒業式に出ることにはデメリットしかありませんでした。
何かプラスになることがあるとすれば、それは子どもにとってのプラスではなく、私にとってのプラスばかり。
息子は元々友達も多く、不登校になった後も、みんな変わらずに声をかけてくれました。オンライン授業に参加したときも、画面越しに話しかけてくれたり、手を振ってくれました。決して友達が嫌いなわけではありませんでした。
それでも、息子にとっては「友達に会える」「みんなと同じように卒業式に出る」ことよりも、「卒業式に出ない」ことの方が、【自分の心を守るために必要な選択】だったのです。
「本当にそれで大丈夫?」と何度か確認はしましたが、息子の意思は固く、迷いはありませんでした。
なので、担任の先生にも、その旨伝えました。
我が家が選んだ「卒業の形」

担任へ息子の意思を伝える
5,6年と担任してくださった先生は、不登校の原因となった先生とは正反対の、子供の気持ちに寄り添ってくれる先生でした。
私達親子が、学校へ行けないなりにも、回復に向けて歩んできたのをずっと見守り、支えてくれました。
結局学校へは行けず、その先生から授業を受けることもなく終わったけど、それでも先生は「教え子の一人」として接してくれました。
「卒業式には出ない」という息子の選択についても、これまでの背景含めて理解をしてくれました。
「卒業式には出ません。卒業式の日の午後、先生のお仕事が落ち着いた頃に、息子と二人で卒業証書だけ受け取りに行かせてください。」
そう伝えました。
卒業証書の受け取り方の相談
先生は、私達からの希望を、快く受け入れてくださいました。
先生としては、せっかく来るなら…と、卒業式の装飾がされている体育館や教室で渡すことも可能ですよと提案をしてくれました。
しかし、息子は「教室は絶対に入りたくない。体育館も無理…」と、やはり学校の校舎の内部に対する恐怖心や嫌悪感はまだまだ強い状態でした。
そんな息子でしたが、「昇降口のすぐ近くの細い廊下なら入れる…」と、人がほとんど通らない、教室とは反対側の廊下なら行けそうと言いました。
先生も、「じゃあ、そこで渡そう!」と。
「校長先生に渡してもらうこともできるよ?」と言ってくださいましたが、息子は「いや、校長先生は会ったこともないし。もらうなら先生(担任)からもらいたい。」と答えました。
(きっと、担任の先生も嬉しかったのでは?と、勝手に思っています。)
そして迎えた卒業式当日

事前に先生と相談した通り、卒業式の日の午後、私と息子は二人で学校の入口付近にある狭い廊下へ向かいました。
そこへ行くと…
小さな植木鉢のお花が飾られた長テーブルが一つ。
そして、袴姿の担任の先生が待ってくれていました。
長時間の式典と業務で疲れているであろうに、袴を脱がずに息子のために待っていてくれました。
4年生の時の担任が、この先生だったら息子は不登校にならずに済んだのに…そんなことが頭をよぎりつつ、先生からの愛情を強く感じました。
さらに、息子がこれまでお世話になった元担任も二人、待っていてくれました。
その二人の先生には息子も心を許していました。
照れくさそうにしていましたが、心の何処かでは嬉しい気持ちがあったと思います。
二人の先生に見守られる中、5,6年の担任から卒業証書を受け取りました。
卒業証書の文章も、しっかり読んでくれ、たくさん写真も撮りました。
大切なのは「規模」「式典」という目に見える形ではなかった
私達親子にとって、このささやかな卒業の形は、どんな厳かな式典よりも、どんな大規模な会場よりも、ずっとずっと温かな空間であり、素敵な時間でした。
この形を選んで本当によかったし、当日、直後、そして2年たった今も、後悔はありません。
もちろん午前中の卒業式でみんなが盛り上がっている様子は感じたので、それに対する「羨ましさ」はありました。(自宅と学校がとても近いので)
でも、「息子が卒業式に出るかどうか」とは別の話で。
「卒業式に出る出ない」についてはやはり、「本人の気持ちを最優先に調整してよかった」と思いました。
後悔しないためには本人が選ぶ

うちの場合は、このような選択をしましたが、「学校行く・行かない」と同じで、正解があるものではありません。
「本人が出たがっている」、「でも当日行けるかどうかもわからない」、という状況で迷っている親御さんもいるかもしれません。
本人に出たい気持ちがあるなら、出られる方向で先生と相談してあげてほしいです。
もちろん当日行けなくなることも想定して、可能な限りの対応をしてあげてほしいです。
当日行けなかったとしても…
行きたい気持ちは本当だったとしても、当日行けなくなることもあると思います。
でも行けなかったとしても、「親と先生が、自分のためにできるだけの調整をして協力してくれていた」という気持ちは、しっかり子どもにも伝わると思います。
「行けなかった」ことではなく、まずは「行きたかったんだね」「行こうと頑張ったんだよね」という子供の気持ちを受け止めてあげてください。
卒業証書の受け取りは親だけでもいい
お子さんによっては、卒業証書の受け取り自体も行けないこともあると思います。
うちは不登校になって3年近く経っていたし、6年時の担任が良い先生だったので受け取りに行けましたが、担任の対応や、お子さんの回復状況、不登校の原因によっては、学校の敷地に入ること自体も辛い子もいると思います。
その場合は、親が卒業証書を受け取ってくるだけで良いと思います。
大人はつい、
「最後だから」
「今日だけだから」
「みんな待ってるよ」
などと、何とか少しでも学校へ行く経験をさせたくなります。
先生に「お母さん、どうですか?」「来れそうですか?」と、学校へ行く方向で誘われると、ついつい頑張って連れて行ったほうが良いような気になってしまいますが、あくまでも優先すべきは「子ども本人の気持ち」です。
後悔をしないために大切なこと。
それは【最後だから行かせる】のではなく、
【最後だからこそ、本人の心を一番大事にしてあげる】ことだと思います。
卒業証書を子ども自身が受け取らなくても、長い人生に何の影響もありません。
親の感情の消化方法

自分の気持ちも大切に
一方で、親御さん自身の「最後くらいはと期待したのに…」というがっかりした悲しい気持ちもあると思います。誰か聞いてもらえる相手がいればいいですけど、そんな都合よくすぐに聞いてもらえるとは限りませんよね。
そんな時は、ノートの出番です。
まずは、思うことをそのままノートに書き殴りましょう!!
何を書いてもOKです。
人が羨ましい、なんでうちだけ、悔しい、行くって言ったじゃん!!ノートには、正直な気持ちを書いてください。収まらなければ、何ページでも書いてください。
自分の感情には蓋をしない。
でもその感情を子どもにそのままぶつけない。
そんなのわかってるよ!って思うかもしれません。
でも、小学校の締めくくりで大事なのは、
「卒業式に出ること」よりも「最後の日、親が気持ちに寄り添ってくれた」という、子供の心が少しでもほっこりする一日で、終わらせてあげること
ではないかなと、経験者の私は思っています。
でも、がっかりする親御さんたちの気持ちも、ちゃんとわかってますからねーーー!
翌日になると何でもない日に戻る
そんな当日のがっかり感を理解した上で、みなさんにお伝えしたいのは、
「長い目で見ると、卒業式に出なくても、子供の人生にも親の人生にも何の影響もないから大丈夫!」
出なかったことでがっかりするのは、「当日だけ」。
当たり前ですが、卒業式は何日も続きません。
終わってしまえば、みんな卒業式の日のことも忘れていくものです。
卒業式に出た人たちにとっても、
次の日になれば、また何でもない普通の日に戻ります!
ネガティブ感情の奥にある自分の声を聞こう
そういう私も、卒業式当日は複雑な心境もありました。
「みんな楽しそうでいいよね…」という気持ちが無かったと言ったら嘘になります。
特に、袴やスーツを来た幼馴染たちを目にした時には、なんとも言えない、切なく苦しいような気持ちになりました。
可能なら、当日は卒業式に出席する親子を目にしないのが一番だと思います。
ただ我が家の場合は、幼馴染メンバーが「◯◯(息子)も一緒に卒業写真撮ろう!」と、家に記念撮影に来てくれたのです。
人によっては、「人の気持ちも考えずに何なの!」と怒りを覚えるかもしれませんが、私達親子は、不登校になってからの数年間、ずっと幼馴染ファミリー達に支えられてきました。
息子が学校へ行けなくなったも、それまでと変わらずに話し、遊んでくれました。
なので、記念撮影をすることは、彼らなりの「学校に行く行かない関係なく、◯◯も一緒に卒業だよ!」という気持ちだと、私は受け取りました。
だから、現実として複雑な気持ちにはなったけど、決して誰も悪くない。
幼馴染もそのママパパも、そして息子も私も。
でも頭ではわかっていても、正直「みんな心から笑えていいよね…」と思う自分もいました。
これは私自身の正直な感情です。否定するものでも、ポジティブな言葉で無理やり上書きするものでもなく、それはそれとして自分で受け止め、心のなかで「そうだよね…。苦しいよね…よしよし。」と自分の心に声をかけていました。
みんなの晴れ姿を見たことで苦しくもなったけど、じゃあみんなと会ったり、写真を撮ったことを後悔したかというと、それもまた違っていて。
元々息子は友達も多く、学校へ行けなくなった後も、その子たちが変わらず遊んでくれて、変わらず接してくれたから回復でき、今の息子がいる。
みんななりの「一緒に卒業だよ!」という気持ちは十分過ぎるほどわかっていました。
一方で…、今もその写真を見る度に感じること。
それは「あの担任と出会わなければ、息子も卒業式出られたのにな…」と言う気持ち。
つまり、卒業式を思い出すことで私の心の中に現れる黒い感情は、「卒業式に出なかったことへの後悔」ではなく、「息子を不登校に追いやった元担任に対する悔しさ」なんです。
なので、もし卒業式に出られず悲しい気持ちになっている方がいたら、ノートに感情を書きだす、誰かにひたすら聞いてもらうなどして、その暗い感情の「奥にある本当の自分の声」に気づいてあげることが、とても大切かなと思います。
そこを何度も何度も深堀りして、心の中の自分に優しく共感してあげる。それを繰り返していくうちに、私自身、少しずつ少しずつ傷が癒やされてきたように感じます。
卒業式は世間のためでも親のためでもない

「卒業式」=「絶対必要なもの」ではない
卒業式って、学校へ行っている子はみんな当たり前のように参加する(させられる)から、そのことにすら疑問を感じたことはありませんでしたが…
不登校を通して、「世の中の常識」「みんなが正しいと思っている正論」「これまでの価値観」が、必ずしも正しいわけではないということに気づきました。
正直、
卒業式に出なくても、長い人生において何の影響もない
と思っています。
もちろん、「けじめ」「区切り」として意味はあると思います。
学校へ行けている子、たくさんの思い出がある子たちにとっては、とても良いものだと思います。
でも、「絶対」必要なものではない。
「参加しないと、人生に影響する」ものではない。
そう感じています。
区切りの形はひとそれぞれ
先程も書きましたが、式典って「けじめ」「区切り」などの意味合いが強いものが多いですよね。
ただ、式典をしなければけじめがつかない、区切りができないというわけではない。
例えば結婚式。
昔は、規模の差はあれど、現代に比べると「結婚式をするのは当たり前」の時代でした。
でも今は?
結婚式自体をしない選択をする人たち、たくさんいますよね。
じゃあ、その人達、幸せになれてないの?
その人達は、けじめや区切りはつけれられてない?
そんなことないですよね。
式はせずに記念の食事や旅行に行く、婚姻届を出しに行く、その人達なりのけじめ・決心があれば、「形は問題ではない」のではないでしょうか。
その子にとって「安心できる」卒業の形を

私は、卒業式も、同じだと思うんです。
卒業式にでなくても、6年生にもなると卒業したことくらいわかっています。
それが、見た目にはわからなくても、本人なりに「感じるもの」「考えるもの」があるはずです。
賛否両論あるかもしれませんが、私は個人的に不登校の子に、無理に「おめでとう」は言わなくてもいいと思っています。だって、子どもによっては卒業をめでたい物として考えることができない子もいると思うから。
でも、「おめでとう」ではなくても「がんばったね」であることは間違いないと思っていて、その気持はぜひ伝えてあげてほしいんです。
「ここまでよく頑張ったね!」と、家族で外食に行くだけでもいいじゃないですか。
外に出るのがまだしんどい状態なら、ちょっと良いお肉を買ってきて、家で食べるでもいい。
お寿司の出前をとって食べるでもいい。
心や精神をすり減らしてまで参加する卒業式よりも、
その子、その家族なりに、「ここまで頑張ってきたよね」という気持ちを共有することのほうが、ずっと大きい意味と、思い出になると感じています。
卒業式に出られなかった or 出られなさそう…と、ガッカリしている親御さん。
自分のその正直な気持ちを否定しなくても大丈夫。
でも、卒業式よりもずっと大切なものがあることも確か。
そこに目を向けてみてほしいです。
我が家は卒業式に出なかったけど、2年経った今でも、何の後悔もしていません!
まとめ:最後だからこそ「本人の心」を一番に
今回の記事では、わが家の「卒業式に出ない」という選択とリアルな心境をお伝えしました。
正解のあるものではないので、選択に悩む親御さんもいるかもしれませんが、今回の記事がみなさんの参考になれば嬉しいです。
- メリット・デメリットを整理する
「出席」のメリットが親の世間体になっていないか、デメリットが本人の負担になっていないか、主語を明確にして考えてみる。 - 式典の「形」にこだわらなくていい
放課後の廊下、先生との時間、家での特別なお祝い。その子にとって安心できる形が、一番の「区切り」になります。 - 親のモヤモヤはノートで消化する
がっかりする気持ちは否定しなくてOK。でも、その感情を子にぶつける前に自分の「本当の声」を聴いてあげてください。 - 翌日になれば「普通の日」に戻る
卒業式に出なかったことで、その後の人生が左右されることはありません。
卒業は、ゴールではなく一つの通過点。
豪華な式典よりも、「小学校最後の日、親が自分の気持ちに寄り添ってくれた」という安心感こそが、子どもの次の一歩を支えるエネルギーになると信じています。
ではまた。とらすけでした🐯
息子は、担任からの行き過ぎた叱責が原因で、小4から学校へ行けなくなりました。
中1では希望のフリースクールに通学。
中2になった現在は、フリースクールではなく、自学で勉強をすることを選択。自分なりの人生を開拓中です。
私は不登校の前も後もずっと、子どもへのイライラに悩んできました。しかし【物を7割手放した】ことがきっかけで、イライラが手放せるようになり、毎日の暮らし、そして人生そのものがとても楽に、生きやすくなりました。不登校や育児のイライラ・モヤモヤで悩む親御さんの心を、少しでも軽くできたらと思い、ブログを書いています。
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